イノチのカチ
生まれて直ぐ
1日で終わるイノチ
生まれてから100年生きるイノチ
イノチのカチとは何なのだろう
イノチは貴い
イノチは不揃い
イノチは奇跡
何となく生きていて
何にも不自由なく生きている人は
何もかもが当たり前で
自分のために全ては用意されていて
自分が痛くなくて
自分が辛くなくて
自分が苦しくなければ
それでいいと
イノチのカチに対して
たかをくくってしまうこともある
誰のお陰で生まれてきて
誰のお陰で生活できて
何のお陰でイノチ
そのものを
楽しむことができているのか?
そういうことを
考えない人
考えようとしない人
考えさえもしない人
どれだけ自分の人生が順調であっても
そういう人は
思慮が浅い
と私は思う
たまたま大成功して
綺麗な服を着ていて
大金持ちだとしても
そんな人に私は興味は無い
食べ物を食べた時に
どの人が作って
どの人が運んで
どの人が作って
食べるのか?
だけじゃなくて
どのイノチが犠牲となって
そのイノチに感謝して
そして
イノチに涙して
申し訳ございません
そのイノチを
大切に頂かさせてもらいますと
そのイノチの犠牲を糧にして
イノチを輝かせて
イノチの尊さを深く理解し
イノチを大切にします
と常に胸に抱くことが
大切だと
私は思う
イノチを大切にするということは
生きることを楽しむこと
生きること味わうこと
生きることに感動すること
イノチの犠牲のもとに成り立つ
イノチだと知ること
何かをして
上手くいく
上手くいかない
成功する
成功しない
そんなことを
イノチのカチ
の基準にしていたら
きっとイノチのカチなんて
きっと
理解することなんてできない
何かをして
上手くいく
上手くいかない
と何かをすること自体を
することができること自体を
させてもらうこと自体を
上手くいかなくても
楽しんで味わって感動している
そこまで考えて生きている人は
きっとイノチのカチの真価を
見つけることができるのだろう
息を吸って吐いて
心臓が波打って鼓動すること
そのものに
驚嘆し
不思議に思い
感動する
それがイノチのカチ
想像して欲しい
生まれてきて1日でイノチが
終わったとしたら
そのイノチのカチを
どう思う?
どうにもこうにも
言葉が見つからない?
のか?
何とも思わない?
私はそう思わない
生まれてきて1日でイノチが
終わったとして
その1日だけのイノチは
人生の
大変さ
辛さ
を経験して
その乗り越えることの
素晴らしさを知らずして
終わるということを
あなたはどう思う?
今、、
大変で
辛い人は知って理解して欲しい
大変で
辛い
と味わえていること
そのものが生きることを
イノチのカチを
味わっているということを
生まれてきて1日で終わる
イノチのカチ
をあなたは見いだせる?
イノチが生まれてきて
数回の呼吸
数回の鼓動をしただけでも
それこそが
イノチのカチ
イノチを抱いて生まれて来たのなら
意味が無いなんて
そんなことは有るわけ無い!
私はそう思う
上手くいく
上手くいかないじゃなくて
呼吸できることを味わって
心臓が動いてくれることに感動して
そして全てのイノチと向き合う
そうすれば
1日のイノチでも
百年のイノチでも
どんなイノチでも
カチを見いだせるのだと
私はそう思う
あと30億年先には
太陽が大きくなりすぎて
地球の地表の温度は1000度を
超えて
全てのイノチは尽きてしまう
これは事実の話
悲しい?
私は全く悲しくはない
結局は全て無に帰すイノチでさえも
私は思う
儚いイノチを大切にして
生きることを味わって
イノチとイノチを共鳴しあう
そうやってイノチのカチを楽しんだ
地球の全てのイノチは
1000億年
1000兆年先の
また宇宙の
どこか星で生まれるイノチと
繋がるのではないか?
そう考えると
ココロの中の温かい想いが
無限に広がって
日常の些細な悩みなど
どうでもよくなる
どんなことがあっても
イノチのカチを
見失わないようにさえすれば
この世界はとても素晴らしい
ということが理解できるだろう
イノチは貴く
不揃いで
奇跡
全てのイノチが愛おしい
成功するかしないかとか
そんなことではなく
そんなことよりも、、、
この美しい世界を
私は何があろうとも
味わいきりたい
味わいきってみせる
どんなに大変で辛くても
全てを受け入れて
痛みや辛ささえも
味わっていく
私はイノチと向き合えているのなら
明日終わろうが
百年続こうが
私はそんなことは
どうでもいい
その覚悟こそ
私のイノチのカチ
2024年02月03日 22:51